これは、高齢者介護とは亡くなることによって突然終わりを告げる性質であることを介護全体論として比喩したものなんですが・・・
うつ病の家族と接して生活している人も、ある意味で介護です。
場合にもよりますが、身体介護はあまり必要とせずとも心の介護は必要ですからね。寝起きの介護や食事の介護は必要ありませんが、心に自由が利かないでいるうつ病患者には心を使って心を介助してあげることが必要です。そうそう、介護ベッドから両腕を使って抱え起こしてあげるのと同様に、心を使って寝たきりの心に寄り添ってあげるのが、うつ病の介護ですから。
で、うつ病の介護にも高齢者介護同様、突然終わりを告げるときがあるんです。
それは、高齢者介護が死によって終わるのなら、うつ病介護は自死によって終わるという意味で「突然終わりを告げる場合がある」という話です。その日、家に帰ると子供たちがテレビを見ていたんで「ママは?」と聞くと「お風呂」そうかい、わかった。
そうかそうかと呟きながら靴下を脱いで洗濯機に放り込みにゆきました。
すると、明かりの消えたお風呂からシャワーの音だけが聞こえてくるじゃないですか。うん・・・・・・?ジャーっていう水の音が聞こえるだけで中は真っ暗です。
人が動いている気配も感じられません。
えっ・・・・・・?
一瞬、凍り付くような感覚にとらわれてしまった僕です。
手を伸ばして浴室の折り戸をフワッと開ける、1秒未満の瞬間だけ、僕の心臓の鼓動は2回位ドクンと高鳴りました。妻は真っ暗なお風呂の中でじっとしていたんです。
きっとなにか、心が重たくなってしまった結果の行動だったんでしょう。
でもね、僕としては一瞬、よからぬことを考えてしまったのは事実なんですよ。
うつ病の介護は高齢者介護と違って完治に向かって取り組むべき性質だと思うんですが、一方で、亡くなってしまうことによって突然終わる性質であることも頭の片隅に置いておくことは必要だと思うのです。そんなこと考えたくない!のは誰だって同じなんですが、うつ病の症状として自死のリスクがある以上、介護者である僕らは看過してはいけない悲しい現実なんでしょうね・・・・・・。
コメントを投稿