うつ病との家族の闘い。うつ病の妻を支える家族の軌跡。家族の立場における夫の、過去・現在・そして未来への想い。うつ病とは無縁のそれまでの人生。しかし結婚後に直面した妻のうつ病発症。うつ病って何?心の風邪って何?・・・。無縁と無知に無関心の状態から突如として「精神科」という踏み込んだことのない領域へと飛び込んでしまってから長い長い年月が過ぎ、暗く長いトンネルへ入ってしまった以上、立ち止まる事も、戻って入口から出る事も出来ない。出口から出るしかない。何故なら、うつ病発症の事実は消えはしないから。
けれども、過去は変らぬども未来は変えられる。そんな気持ちだけを頼りに、うつ病という名のトンネルの出口へ向かって前向きに歩んでゆきたい。
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2008年1月26日土曜日

ちょうどいい支え方について想うこと

うつ病の妻を支える夫
その・・ちょうどいい支え方。
それって、一体どんなものなんだろうか・・?

支えるという気持ちと行為は愛情という名の力から生まれ出るものであるのなら
妻にとって、ちょうどいい具合の支えられ方・・。
それは・・

今迄以上に愛情が増えることもなく
今迄以上に愛情が減ることもない
今迄より、増えもせず減りもしない愛情。

そういう何の変化も無い愛情こそが妻にとっては頼もしく感じられたはず・・・。

そんなことできたの?
いや・・出来なかった(笑)
よく言われたんですよ・・
お身内の方々にね。
「あんまり考え過ぎずにいつも通り接するのが一番いいだろう」とね・・・。

僕はその頃、ちょうどいい具合で「いつも通り」を演じる事ができる程
器用な男でもなし・・。
なにせ、毎日毎日うつ病に踊らされてるんですから・・(笑)

そんなもんなんでしょうね・・。
楽にしてやりたいから、何とかしてやりたいから・・
だから、今迄以上に愛情を注いでやる事が妻の警戒心に火をつけると共に僕自身を苦しめる羽目となり、これじゃ駄目だと愛情の急ブレーキを踏んでしまっては妻の不安感を搔き揚げてしまう。ひょっとして?病気が長引いてしまったのは、僕の支え方の初動に問題があったから?
そんな事を考え出すと、キリがないからダメですね(笑)

しかしながら・・・
ひとつ思うことは、無知であったが故にうろたえたのでは無く・・
大切に想うが故にうろたえたのであり、
その想いは・・・
何があっても最後に「投げ出す」ことは絶対にせず、
ちゃんと、いろんな事を自分に問いかけられる僕を支えていた。

対応に演技は必要。
でも・・
愛情に演技は無用。

自分を支えられる僕であるから妻は寄り添うことができて・・
妻が寄り添うから僕は支えることが出来る。

そういうことが理解できるようになったから、
ちょうどいい支え方って、こんなんだろうなと・・
思える最近の僕であります。

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2008年1月20日日曜日

楽しかったバトミントンのこと

今日は日曜日ってことでもあり僕も休日。
当然子供達も学校は休み。そして妻は年中、心の休日を実施中(笑)。

ところで・・・
今日は朝から、父親完全無視の状態でコタツに入ってゲームに夢中の子供達の前で僕も何をするでも無く机の上の郵便物や雑誌やらをパラパラめくっていると、妻が珍しい提案を僕に持ちかけてくるんですよね。
「バトミントンしよう!」
ギョッ・・・。

驚くなんて失礼かもねと・・、「やろうやろう!」

「やろう」はいいんだけど、粉雪舞ってるしサブそうだな・・
でもイイヤ。やろうやろうと・・・
当然、子供達も参戦するとノリノリ状態であります(笑)

そんなこんなで、近所の空き地を陣取りまして雪中の家族対抗?バトミントン小会の開催でありましたが・・・


そうですね丁度、一時間位のものだったかもしれませんけど・・、みんな興奮しながらもバトミントンの羽を追いかけてね・・。
妻もキャッキャと声をあげながら羽を追いかけてる。
そして子供達はゲームに熱中してる横顔とは完全に別顔の笑顔で騒いでる。
ただそれだけの一幕ではありましたが、非常に有意義で楽しいひと時を過ごせましたね・・・。
正直、今までも僕の方からバトミントンでもやろうかなんて誘ったことはあったんですが余程のタイミングでも無ければ、妻も動けなかった部分もありますし気分的にふさいでしまってるからと言って安易に気分転換を無理強いすることも無かったのですが、妻の方からの誘いとあらば僕も躊躇無く対応させていただきました(笑)。

うつ病の薬を長年服薬している・・・。
そういう状況でありますから妻も「体型」というものが少しばかし「妻ではない」状態になってますから・・。
副作用なんて個人差がありますから、薬=太る。という構図は万人にはあてはまらないでしょうが、僕達の場合は・・あてはまってますね(苦笑)
ですから、毎日は無理としても僕の休日なんかは積極的に運動習慣を取り入れてゆくことが気分的にも、快眠の効用的にも繋がるだろうし・・
また、そういう行為がボチボチと妻の心の負担にならぬ状況になってきてるのであれば、僕は妻の言うがままに・・(笑)
お付き合いさせていただきたいと考える最近であります・・・。

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2008年1月19日土曜日

生けるものの温もりのこと

寒い寒い・・・笑

ここ数日は、キーンとした寒さを感じながら空を見上げると
モクモクとした白色にネズミ色の溶けたような大きな雲がボヤンと浮かんでいます。
夜は夜で益々キンキンと寒いってゆう感覚に包まれてしまってね・・・。

今日は、たまたま歩いてると雑種系の犬が・・
犬のくせに?(笑)背中を丸めて、飼い主さんから敷いてもらってる毛布の上でくるまってましてね・・
ただ、その犬。結構・・可愛らしい顔してたもんですから何気なく近寄って頭撫でてやったんですよ・・。
そしたら、くるまった体はそのままにして頭だけ僕の方を向いて舌をちょっとだけ出してね、喜んでるのか?誰だかわからないから警戒してんのか?
犬語の話せない僕には(笑)、よく理解しないまま・・・
あったかそうなお腹だなと、まるまってるお腹をさすってやると・・・
まぁ!なんと・・あたたかいことか!
ホクホクしててホント・・あったかい。

ところで・・・
なんでこんな、たわいない通りすがりの出来事から・・
そんな事を発想するのかなんて、少々オーバーな気は確かに在るんですが
「命って・・あったかい。」
僕はそんなふうに感じてしまいましたね。
それがどうしたの?寒くてじっとくるまってる動物の体の内側って温かいものですよと、言われてしまえばそうなんですが・・
それにしても、あの犬・・暖かくて
命って・・あったかいもの。僕はそんな事を考えながらも、忙しいからバイバイねと・・
歩き去って、いろいろと仕事をこなして会社に戻れば次なる、戻る先は家族のもとへと・・


帰宅してから、「ただいま」と「おかえり」の無言のキャッチボールをしたついでに妻の頭を撫でながらも、今日も元気でよかったねと。
元気だったのか、元気でなかったのか?そんな事、どっちでもよくって・・
はい・・今日も一日が終わろうとしてますね。
だから、それは元気でよかったということ。僕はそんな意味不明の(笑)呪文を呟きながら、子供達の頭もついででもって撫でてやると・・
先に手を洗え!と・・ブーイング。(苦笑)


どうでもいいけど・・・
みんな 温かい!

ちょうど、昨年の今頃の時期ってね・・
僕は人の温かさに気付く余裕なんてなかったんでしょうね。人ってゆうよりも命在る生き物の温もりと言うか何と言うか・・・
ただしかし・・
今日は温かさを感じている僕自身に気が付いてしまったような不思議な感触の一日でもあったんです。

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2008年1月17日木曜日

互いに気持ちを出し合えたということ

今日はね・・・
ほんの少しだけ、しんみりと妻とお話をしてみたんですよ。
してみた?ってゆうよりも、たまたまそんな雰囲気になってしまったからと言った方が適当かもしれませんが。
子供達も眠りについて、一旦は布団に潜り込んでいた妻が・・
「なんだか寝付けないよね・・・」
なんて感じで起きだしてきたもんですから、二人でコタツに足を突っ込みながらも学校のこと、近所の主婦のこと、自分達のことなんかを静かな声で話したりしているうちに何かしらの拍子に、うつ病の話へと方向転換したんです。


治るのかなぁ・・・
治る治る・・!
良くなったのかなぁ・・・
うんうん・・良くなったよ・・・
薬・・もう飲みたくないなぁ・・・
駄目駄目・・予防予防・・・!

そんな、たわいない会話の中で何故か「酷かった時のことを振り返る会話」が生まれたんですよね・・・。
その会話の中で、「あの時の君は自分の心の中で戦争してたよなぁ・・・僕も戦争だったけどね。」
なんて一歩間違うとナントもあてつけがましくもある言葉を出してしまったんですが、妻は別段・・その言葉にこだわる様子なんて無く、むしろ・・・
少しうつむいて目をあわさずにハニカンデいるように僕の目には映ったんですよね。

僕は感じ取りました。
あぁ・・今はそんな時期に到達できてるのかなとね・・・。
患者の辛さと支える側の辛さを、互いが気持ちを出し合うという「場」。
本来?であれば、それは患者の押し込められてしまった感情と・・・
家族の封印してしまうしかない苛立ちがぶつかり合うだけであろう事が、穏かに気持ちを出し合い融合できている。
「認め合う」という、うつ病に破壊された夫婦間において非常に大切な行為を少しずつ遂げてゆこうとしている。


たとえ・・・
またしばらくして心の波がざわめくことがあったとしても今日の実感と自信は、
またひとつ・・家族の絆を打たれ強いものにしてくれるはずであります。

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2008年1月16日水曜日

回復期は再発の入り口でもあるということ

うつ病っていう病気は、だんだんと状態がよくなってきて回復の兆しが見えてきたころが「一番怖い」。
なんて・・・どっかの教科書本で読んだことがあるんですが、僕自身も最近・・こういう「感覚」をほんの少し体感しつつあるような?

少し・・・ですから、
ただ何となく、そういうことも解らないでもないなという程度なんですけれどね。

怖い・・・?
それは、だんだんと病状が回復してくるならば患者の心も「前向き」になってくるわけであり、それはそれで僕も子供達も家族としては非常に感動に値する事なんでしょうが、ここでひとつ危険な要素が含まれていると感じるんですよ・・・。

健常者である家族っていうのは、ある意味・・安心感に包まれながら「うつ病の回復期」を過ごすんでしょうが、果たして患者の胸の内には「安心感」なんてものは存在していないはずだと・・・。
うつ病患者は回復期に差し掛かっているに反して、
「安心感どころか不安と焦りを増大させる。」
足にギブスをはめて長い入院生活を送っていた人は、ギブスがとれてもうすぐ退院という時期に到達してくると窓辺の花々に期待を感じ、安心と喜びを胸いっぱいにする場合もあるかとは思うんですが、さて・・うつ病他、関連する精神疾患の場合・・・当然、良くなってきた事実に対しての様々な明るい感情が沸いてきたとて、不安・焦り等々の逆行する心理も共存する。
僕はね、そんなふうに解釈するんですよ・・・。

当たり前なんですが、僕は医者じゃありませんし心理学者でもありません(笑)。
ですから通院時の主治医の先生からのアドバイスを真摯に受け止めて足らぬところは自身で学ぶっていうスタイルではありますが、うつ病の患者を家族という立場で支え続ける方々には共通して、アドバイス・学びに加えた・・ボロボロになりながら得た経験則や、あくまでも自分の家族に対してだけ?効用のあるであろう洞察力が身についてくるものですよね。
そんな中の僕自身が妻と接していて感じることが
うつ病の回復期は・・・
回復と再発がフィフティーフィフティーで相対する時期でもあると・・・。

うつ病患者である妻は回復期において、
「状態が良くなってきた事は再度悪化するための裏付けである」
つまりは、ずっと治らないっていう患者独自の構図が長い年月の間に、心に埋め込まれているもんですから良くなったものは悪くなるという式を作ってしまいがちなんですよね・・・。それと同時に、妻も疾病利得の考え方はありませんから回復してきた実感を絶対にモノにしたいっていう強い焦りを生じさせてしまう。自分でね・・・。

さらには、うつ病が治ったら暮らしは一変するなんてゆう感覚でもって病中・病後の完全な区切りを設けてしまう為に生じる「不安」。

それらの独特の心情が織り成す心の波が・・・回復期には在る。
だから下手をすると、
その波に再び呑み込まれて再発という事態へ逆行してゆく・・・・。

大切な時期です。今は・・・・。
患者を支えるのは家族。知恵を貸してくれるのはお医者様。僕は謙虚に「今」と向き合い、この回復期を静かに邁進してゆきたいと考えるのであります。

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2008年1月13日日曜日

前向きな気持ちで飲む薬のこと

ここ最近・・妻のこだわるのは「薬を飲みたくないということ」
何と言いましょうか・・飲みたくない周期にきているような。そんな感じでもあり・・・。

わかるんですよね、僕もね。
何年も何年も毎日毎日・・・
抗鬱剤を土日祝に関係なく飲み続けているわけでありますから・・
いい加減、なんで毎日「飲まなければならないのか」っていう不安と憤りの混ざったような衝動にかられたって不思議ではありませんし、うつ病の薬物療法を継続しているという事に対して・・・
療法では無く、治らぬから飲み続けなければならないといったネガティブな考え方になりがちなんでしょうね・・・。

僕は妻に強く静かに言うんです。
「君はちゃんと、元気になってきてる。」
「今は・・治療では無く予防の為に飲んでいるんだよ」

妻は僕に、物言わずして気持ちを投げかけてきます・・・。
「そんなことわかってる」「わかってても飲みたくない」
「飲んでないあなたに何がわかるの?」
そんな混ぜこぜの気持ちを苦しそうに僕に投げかけてくる。

僕に出来ることは・・。
目をそらさずに、気持ちを背けずに全てを受け止めてやることだけ・・・。
僕はクソ真面目に言うんです。
「治るョ・・。」
「大丈夫」

その場には気の利いた言葉も、患者向けの決まり文句も何もいらない・・・。

僕はね、・・・
うつ病っていう存在が、いくら僕の妻に対する愛情を遮断し・・
愛情を、単なる感情に変えられてしまいそうになっても諦めることは無いのです。
家族って、無知で非力で何の力にもなれないどころか家族の存在自体が患者を苦しめてしまうのか?
なんて錯覚させられてしまう時も無い訳ではありませんが
そうゆう回り道を辿りながらも・・
知らぬ間に、僕自身も「支えるスキル」は向上してるんですから・・。
何故なら・・・
うつ病発症当時の僕は、薬を拒む妻に対して・・
まるで、風邪薬を飲むかのように「先生の言う通り飲まなきゃ治らないよ!」
なんて他人任せのような文言を並べてる節も多々、あったように思い出されますしね。
きっと妻には、そんな台詞・・・
外野席から支える、親近者のように映っていたかもしれませんね。
だから・・・
「飲んでないあなたに何がわかるの?」
なんて言葉がでたとしたならば、「わかる!」・・・と、
薄っぺらい理解を前面に押し出してたかもしれません。


心の調子が非常に安定してきた今、
理解するという難しさ。支えるという難しさ。
そんなものを今一度、深く考えてみたいと想う今日この頃であります。

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2008年1月9日水曜日

乾いた不安を感じてしまうこと

年が明けて正月も終わり、学校も始まり・・・
世の中も完全に正月モードからチェンジした感のある、街の匂い。
学生は、それぞれの春に向けて・・・
ビジネスマンは期末へ向けて・・・
いろんな人が、いろんな想いを胸に抱きながら
この通過点的な「今」を過ごしている。
こんなノーイベントな時期ってゆうのは、何かこう自分を見つめてしまうんですよね。
僕の場合は・・・。
例えば、年末の間に「今年はどうだったな~」と振り返るよりは
今みたいな時期の方が頭の中で勝手に去年の様々な出来事を振り返ることができてみたり・・
僕自身や家族の事に対して冷静に模索してみたりと・・・。

それともうひとつ、全く説明の難しい独特な?感覚として・・・
春がの到来が嬉しくもあり、不安でもあり。
不安?
何が?
わからない(笑!)
そう、わからないけれども不安。
恐怖感は全く同居しない小さな不安感とでも言いましょうか・・。

うつ病患者以上に理解されにくいかもしれない
支える家族の悩み・辛み・切なさ。
そんな・・世の中にたくさん存在するであろう
うつ病患者を支える家族の中の一人として、僕的には・・・
今、微妙なニュアンスの季節を感じているんです。

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2008年1月6日日曜日

支える者は誰でもなく自分であるということ

年の瀬は歌番組がたくさん流れてましたけどね・・・。
僕も普段は流行歌なんて、あんまり耳に触れる機会の少ない一般的な?お父さんですから(笑)。
家族に曲名やらグループ名なんて言われてもピンとこない時もあるような・・。
それはさておき、
テレビの画面の向こうから流れ込んできて、そのまんま僕の耳の穴から胸の中へとしみこんできたフレーズ。

僕の心の真ん中に君がいる♪

うつ病の患者を抱える家族・配偶者って言うのは一歩踏み外すと、心の真ん中に苛立ちや敗北感のようなものだけが強烈に存在してしまう事ってありますよね。
それって、支えようとする自分が壊れてしまう兆しのようなもの。
頑張れない相手に、頑張りすぎてクラッシュしてゆく家族達。
頑張れないという病状は理解されても、頑張り抜こうと必死で努力する家族の姿は理解されにくいし見えにくい・・・。
逆に、そんなものが患者を含めた家族の中でクローズアップされてしまうと患者に対してマイナス環境が生じてしまう。

そう・・・
有識な方は説いてくれます。
そういう時は、家族の方はこうやって回避したらいいんですよと・・・。
人間ってね・・・、
マニュアルを作るのは上手でも、マニュアル通りに物事を推進したり問題回避したりするのって、あんまり上手じゃない。
特に焦れば焦るほど、上手くいかない。
そんな時ほど、マニュアル通りに展開して欲しいのに・・・。
ましてや人の心の中に関する事を、心の処方に未経験な「支えている家族」が器用に、荒れた「場」を切り抜けてゆく展開も、ちょっと考えにくい気もしてみたり・・・。
だから僕の場合は、これらの事は情報・知識として吸収しても・・・、方法として「あてはめてしまう」ことはしないようにしているんです。
心の病気は担当ドクターによってカルテの内容も違ってきたりしますしね、一概に様々なケースがリンクし合うこともないだろうと考えてますからね。
なんだか皮肉っぽい表現になっちゃいましたが・・・(苦笑)。

あてはめられない・・・?
うつ病患者の方がいらっしゃる家族の方々に対して僕は思うんです。
取り巻く家族の苦労は修羅場のように荒れる場合もある・・・。
理解されずとも、報われずとも・・・時に、患者より先に潰れてしまいそうであっても・・・
しかも、潰れそうになっている自分の状態は、家族である患者や身近な人間の誰にも知り得ぬ、ポツンと離れた空間で宙に浮いて
まるで独り相撲をとっているかのようであっても・・・。
さらには親類から・・・治らないのは自分が原因であると患者の前で涙ながらに非難を浴びたとしても・・・
そして、怒りや悔しさ・プライド、悲しみ、疲労を封印してしまう以外、他に無かったとしても・・・


そうゆう、傷つき疲れてしまった時に
・・心の真ん中に君が居る♪
そんな気持ちが一度でも
胸の中から自分の背筋をピンと正してくれた記憶があるならば・・・

きっと大丈夫。
きっと良くなる。
きっと幸せになる。
そして
必ず、その人を支えてあげれる。

病魔の牙の向こうから、大切なあの人の心が・・・
あなたに支えて欲しいと・・・
声にできないメッセージをおくっている・・・。
その人を支えてあげれるのは・・あなた。

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2008年1月5日土曜日

生きるとは、どうにもならない事を乗り越えてゆくこと

この正月に家族で映画館に足を運んだのですが・・・
何の映画かと言うのは別にして、そのストーリーの中で父親が我が子に対して悟った、心に残る台詞があったんですよ。
「生きるとは、どうにもならない事を乗り越えてゆくことだ」とね・・・。
どうにもならない事?そう・・・、そうゆう事って多かれ少なかれ各人、背負いながら暮らしてるもんですよね・・・。
僕たちの場合であれば、いつもいつも、うつ病という存在を家庭の中に感じてしまったり・・・いちいち日常の都合が、うつ病の波にかぶらない様に丁寧に?コントロールしてみたり・・・
我に反って考えたならば少々滑稽な行動も・・・全ては妻が、うつ病だから。
いろんな雑念や邪念・悲観、考え出すならキリが無いんだろうけれども逆に、そうやって患者を支える家族が深く悩んでしまう事自体が「愛情と勇気」を成長させてくれたりもする。

映画のストーリーの中で表現された、「どうにもならない事を乗り越えてゆく」ってゆう内容と僕たちの、うつ病に関する障壁は弱冠・・意味合いが違っているなんて解っているんですが、僕は何故かジンときてしまったんですよ。
妻がうつ病を患った原因も理解していますし、別に・・・自然災害に遭遇してしまったように、突如・・・予期せぬ悲劇を乗り越えてゆく訳では無いんですが・・・
僕は、過去は何の興味も無く無縁であった心の病気が、我が愛する家族の中に舞い降りてきた現実というのは、ある意味で「どうにもならない事」なんだろうなと感じるんですよ。
その、どうにもならない事を乗り越えてゆく事。
すなわち妻を支えてゆく事は、生きてゆくこと。
そして背を向けぬ事。投げ出さない事。
一歩一歩、自分だけが解ってくれるであろう「想い」を背負いながら、人の心の痛みを理解する難しさを苦しみと共に得てゆく事。
まだまだこれからも・・・
乗り越えてゆきますよ。


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2008年1月3日木曜日

喜びと安堵のある今年の正月のこと

さて・・・
この度の年末年始にかけての我が家の動向?(笑)なんてゆうものは、いたって良好!でありましてね・・・。
実に平凡に年末年始を過ごせたんじゃないかなって感じるところであります。
大晦日には年越し蕎麦をいただいて、正月にはおせち料理を囲んで一家団欒。そして合間には初詣やら買い物に子供達へのレクリエーションも加えて、なかなかサービス満点の幸せな正月を過ごせたと僕自身も幸せなひと時を満喫することができているんです。
素晴らしい・・・(笑)。
昨年の同じ時期には、うつ病の一暴れがありましたからね・・・
僕も正月出勤をして存在の距離感を造りだすのも「穏やか」である為の手段のひとつかもしれない?なんて想いも募り感慨深い正月だったように振り返る訳なんですが、この度は一転して家族が肩を寄せ合うようにして「普通の幸せな家族で過ごす正月」ってのを味わうことができてます。
届く年賀状の文面に妻を傷つけ、うつ病の波を掻き立てるような内容は無いのかどうなのか?なんてゆう神経を尖らせたりする事も無く・・・。

そんな今年の正月を過ごす中で、僕が非常に強く感じた事ってゆうのは
「子供達の笑い声」。
とにかくよく笑う・・・。
笑うってゆうよりも「笑い転げる」シーンが何度もあって、ついでに僕も笑いを貰って笑い転げてるような・・・。
そして妻は笑ってるというよりも、安心してるってゆう印象の表情で側に居る。
そんな家族像が醸し出される感のある「普通の幸せな家族で過ごす正月」
・・・であります。

子供って理屈なんて必要無く、感覚で「場」を理解する生き物なんでしょうね・・・。
家庭の中にトゲが無ければ素直で無防備な笑顔を僕達にプレゼントしてくれてます。
逆に考えるならば、子供達のそんな無邪気な笑顔は・・
うつ病家族の「状態の物差し」とも考えられるのかもしれませんね。
とにかく、
僕の今年の正月の感動は・・・
子供達の笑い声。
面白い事に対して子供達が思いっきり笑っているという現実に対する感謝と安堵と喜びは、あらためて・・・
その大切さを実感するのであります・・・・・。

うつ病の妻に僕のしてあげれること posted by うつ病の妻を支える平凡な夫
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ブログを拝読し、大変感銘しました。私自身、うつ病の母を抱えて15年になります。精神的な不安定性だけでなく、最近は投薬などの影響で人格も破壊されつつあるように思えます。必死でつくしても、時には母から心無い言葉の仕打ちを受け、やるせない気持ちになることもあります。家族も仕事もある身として、選択を迫られることも多々あります。神様は、自分に大変な試練を与えるな~なんて恨み節を言うこともあります。そんな15年を送ってきて思うのは、どんな行動をしても、どんな結果になっても、自分の人生に正面から向かい合って、自分の人生を精一杯生きればそれでいいじゃないかってことです。あなた様は、奥様がうつ病ということで、私とはまた違った境遇にあると思います。私とは違った辛さ、悩みをお持ちだと思います。でも、子供に癒される、子供が家族の灯火であることは同じですね(笑)。どんな人生でもすばらしい人生、たった1回の人生を「前途洋洋」に歩んでください。
たまたま、「正月、家族、子供」というキーワードでGoogleを検索していたらあなた様のブログにぶちあたった風来坊です。
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