うつ病との家族の闘い。うつ病の妻を支える家族の軌跡。家族の立場における夫の、過去・現在・そして未来への想い。うつ病とは無縁のそれまでの人生。しかし結婚後に直面した妻のうつ病発症。うつ病って何?心の風邪って何?・・・。無縁と無知に無関心の状態から突如として「精神科」という踏み込んだことのない領域へと飛び込んでしまってから長い長い年月が過ぎ、暗く長いトンネルへ入ってしまった以上、立ち止まる事も、戻って入口から出る事も出来ない。出口から出るしかない。何故なら、うつ病発症の事実は消えはしないから。
けれども、過去は変らぬども未来は変えられる。そんな気持ちだけを頼りに、うつ病という名のトンネルの出口へ向かって前向きに歩んでゆきたい。
うつ病の妻を支える平凡な夫のプロフィール
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2007年12月24日月曜日

2007年・うつ病家族の素敵なクリスマスのこと

うつ病家族。
2007年メリークリスマス。
今年は「素敵」なクリスマスなんです。その素敵なってゆう意味は別に・・・
みんなで着飾って小洒落たホテルにでもいき、センスのいい店で食事をしながらワインでも嗜む・・・。
そんな一時を家族で過ごす事ができたからでもなんでも無く(笑)、なにも変わった事もなく・・ごく自然に時間が流れてゆく一日だったから・・・。

最近は妻の調子も非常に安定したものとなり投薬こそは継続している毎日ではありますが・・・
治療の為の薬では無く、再発予防の為の薬という認識に僕自身も気負うことなく妻に接することが出来ていると感じる毎日であります。
だから、今年のクリスマスは「うつ病家族にとっての素敵なクリスマス」を過ごせるだろうなってゆう軽い自信も在ったわけなんですが実際に、その通りになりましたからね・・・
それは僕にとっては「素敵な一日・幸せなクリスマス」。
僕はね、うつ病の妻を支える夫であり子供達の父親でもありますから、何でもない普通の平日に妻の症状が悪化して家庭の中に暗く冷たい風が吹き荒れたとしても、
それはそれで子供達に対しても出来るだけ・・・僕が壁になれるように演出しなければならないなと考えますし、いくら世間がクリスマスソングに包まれていても、自分達は・・・うつ病ってゆう病魔に包まれちゃってますから、そういう日にどんな波が押し寄せたとしても明日があるさの精神で乗り切ろう!
なんて気持ちにすがる裏腹に、やっぱり子供達の為にも「うつ病よ・・クリスマスにはお手柔らかに」って祈る気持ちもあるわけなんです。
小さなクリスマスケーキに子供達の楽しみにしているプレゼント。
そしてなによりも「うつ病の存在を感じない一時」。
それは普通に笑顔があり、普通に家族の和というものを感じ取れる空間。
決して苛立ちや不安や、なだめる為の演出も必要としない家族の空間。
それは・・・うつ病家族の素敵なクリスマスだと僕は感じるんですよ。
そんな意味で、このクリスマスは僕にとっても一段と強い自信を取り付けてくれたと共に、そんな一日の終わりにも抗鬱剤を飲む妻の姿に・・・

心の中で「がんばれよ」って呟くのであります・・・・・。

うつ病の妻に僕のしてあげれること posted by うつ病の妻を支える平凡な夫
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2007年12月21日金曜日

うつ病という名のトンネルを同じ方向に向き歩んでゆくということ

うつ病の症状が酷い時ってのは・・・
何を言っても何をしてあげても
当人にとってはマイナス思考の添加要素にしかなることはなく・・・
それでも僕が粘るようにして元気のでるような言葉をかけてやればやるほど、
「あーまた、言葉だけのの偽善者か」なんてゆう捉え方をされてしまう。
偽善者?そう・・・。そう見えている時もあるんでしょうね、妻にしてみればね・・・。
それじゃあ僕にしてみれば・・・?
うつ病の妻に対して、なにも言い返すつもりなんて毛頭ないんですが・・・。
「ある意味においては自分ばかりを大切にして回りの家族に対しては全然無関心極まりないじゃないか!?本来の君の人間的に弱い部分を、うつ病だからっていう枠の中に混在させてはいないか?」
そんな感情が僕に無いと言えば嘘になりますから・・・。
結局、こういう僕と妻の関係になってしまってる時ってのはネガティブに向き合ってしまってるんだと思うんですよ・・。
互いに自己愛みたいなものばかりが優先してしまい感情の都合が対立しているだけ・・・。だから二人ともマイナス方面にしか気持ちは向かわない。
ポジティブな二人が同じ方向を向いて・・・すなわち、うつ病といい長いトンネルの出口へ向かって歩いてはいない。
仮に、うつ病という存在が僕達の夫婦間になかっとしてもね、長い長い人生を共に歩んで行くパートナー同士、同じ方向を向いて歩いてゆけるという関係は非常に大切な意味があると思うんです。
見つめ合い愛し合う関係では無く、共に同じ方向に向かって人生を共有できる関係。
そういう関係が有るならば、病気だなんだと様々な障壁があったとしても大した問題じゃないんでしょうし、うつ病を理由として離婚するケースがいくらでもあるなら、夫婦で楽しく?うつ病生活を満喫してますよっなんてゆうケースも、いくらでもありますもんね。
いえ、楽しく満喫っていう表現は可笑しいかもしれませんが(笑)。ただ、そういう方々も紆余曲折を乗り越えて「いい関係」を築いてこられたんでしょうし・・・
多分・・・愛あるが故に見つめ合い、壊れそうになった時だってあるかと思うんですよ。
馬鹿な例えなんですが・・・
人は前進する時には前を向いておかないと前進できません。(笑)
うつ病という名の暗く長いトンネルの出口へと一歩一歩確実に向かうには「前を見ないと・・」いけません。患者も家族も入り込んでしまったトンネルから早く出たい。出る為には歩かなければならない。前に・・。
前に行く為には前を見ないと・・・。
前向きに・・・ポジティブに暮らしてゆくには横を向いたり後ろを向いてしまったりした自身を糧としながら前を向いてゆくこと。
見つめ合い愛し合えた関係は必ず・・・一緒に前を向いて歩いてゆける関係へと愛情は成長してゆくはず。
いえ・・・うつ病という病魔が、成長させてくれることだってある。
僕はそう思うんですよね・・・・・。

うつ病の妻に僕のしてあげれること posted by うつ病の妻を支える平凡な夫
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2007年12月12日水曜日

何を見つめ何を感じるのかということ

家族にうつ病患者がいるとかいないとか、そういう事は別の問題としてもね・・
家族の生計を支える男は「外で多大なるストレスを抱えて働いている。」
・・・って言うのが実際のところではないんでしょうか?
そうして「多大なるストレスを背負ったまま家路につき、家庭の中でもそのストレスの残存と格闘している。」
別に僕自身を自己正当化するつもりでもないんですが、サラリーマンである以上ノンストレスで毎日の仕事を楽しくこなしてられる環境の人は果たして、どれ程の率で存在するんでしょうからね。大なり小なり、我慢・辛抱・危機感・・等々と背中合わせの毎日の代償としてサラリーを得て、それが家族を養ってゆく生活の糧となる。そして、それは「当たり前過ぎること」。すなわち・・・
男が家族を養う為に外で身を削ることなんて当然でありいちいち評価されるような内容でもないんでしょうが・・・。
逆に、そういう事に対して弱音を吐いていようもんなら家族から冷たい視線を浴びせられるのがオチだ!なんてゆう声も聞こえてきそうな感のある世の中のお父さん像ってのがこじつけられているような気もしないでもありません(笑)
だから、こんなごく平均的な家族の構図の中で、男はストレスや悩み、そして弱音を開放する機会が得られにくい毎日の中で自分の胸の中だけでもがき苦しむ時もあるんでしょうし「後姿に哀愁が・・・」なんて冗談にもならない程、会社から家路へ向かう姿に深い疲れを感じさす人って確かにいますよね・・・。

うつ病家族・・・。
男は外で多大なるストレスを抱えている事に加えて、家族がうつ病という病魔に遭遇してしまった事に対してダブルで追い詰められてしまう時もある。会社にゆけば、あれもこれも問題を抱えて・・・勿論、職種や職階にもよりけりですがストレスフリーな訳なんて無く、僕自身も会社での勤続年数や職階等に変化があればあるほど毎日コテンパンに「仕事」にやられちゃってる毎日ではありますからね・・・。
正直、家庭のことなんて顧みない方が仕事の成果は順調にいくと感じてます。仕事に呑み込まれながらも強く真面目に働く行為に対して家族からの信頼やエールを背中で感じて頑張れる自分であればいいんですが、容赦ない仕事の荒波に加えて・・・
うつ病と言う簡単に家族を崩壊するパワーを兼ね備えた病魔の、容赦なく執拗な荒波にも揉まれてしまう一種の惨状めいた家族像。
それが、うつ病家族の厳しい生活環境でもあると感じずにはいられません。
うつ病が原因で、いえ・・・視点をずらすと家族それぞれのハートとは無関係に、離婚や崩壊に発展してしまうケースが多過ぎるのも結局、「耐えられない」要素が長年にわたりジワジワと累加されてしまうんでしょうね・・・。
うつ病患者である妻は夫の仕事の悩みや弱音を理解するような事ができるエネルギーなんてありはしませんし、夫は妻を支えようと日々、頑張る中、「こっちの辛さもわかってくれよ!」なんて事言うこともありませんよね。そういう夫婦関係に家庭の中は寒々としだし何かが狂いだしてしまう・・・。

僕は、その何かが狂いだそうとする前に自分が狂ってしまいそうになった時、すなわち支える側として無条件に絶望感や敗北感に包まれてしまった時・・・念仏のように自分に言い聞かせていた自分の言葉があるんです。それは、うつ病家族のサポートに対する教科書的な側面から見ると正しいのか間違った考え方なのかは知りませんし、ひょっとすると間違った考え方なのかもしれません。もっと、しなやかに患者を支える考え方もあるのかもしれませんが・・・。
どっちにしても、何を念仏のように言い聞かせていたかと言うとね・・・
「仕事と病気にはさまれるんじゃない!僕が向き合わなければならないのは妻であり愛する家族だろ?」
「病気の向こうに妻を感じるのではなく、妻の向こう側に病気の存在を置いておけ・・・。」
家庭の中が、すさみきってしまう時は誘導されているがごとく、病気では無い僕が病気と闘ってしまうんですよね。
でもね・・・
うつ病の妻を支える夫の向き合うものは、うつ病では無く・・・愛する妻なんです。

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