そう・・。
最近は、寛解の域に達しているっていう実感が得られてるもんですから僕自身にも、ある程度の心のゆとりをつくれる事はいいとしても、その裏腹に、考えなくてもいい思考が生まれてしまってるような?
つまり、過去を振り返ってしまうという事。
振り返る事自体は悪くないとしても、それが悔いる事となれば話は別ですからね。
妻がうつ病となり、家族が右往左往し・・・
うつ病に振り回されて、感情の起伏にビクビクしながら「その場の様子」を伺うように暮らす。
そして胸の中で、あぶら汗をかきながら「自分なりに考え抜いた行動」が逆効果だったりすると瞬間的な家庭崩壊のように家族は荒れる・・・。
こんな日々を「日常」として辛い日々を経過してきた事に対して・・・
「そういう過去があった為に」、7年間を超える時間を無駄にしてしまったという考え方=後悔。
ひょっとして、妻がうつ病になりさえしまければサラリーマン一家として今以上に幸せな暮らしができているんじゃないの?
仕事と病気のサンドイッチに耐え切れずに降格申し入れも無ければ今頃トントン昇進して同世代の連中並みに落ち着いた生活を満喫してる?
何も、うつ病が原因で逃げるように転居してなけりゃ順調に住宅ローンを支払って暮らしていたはず?
娘だって、学校を変らずに、もっと素直に育っていたはず?
苦しかった時は、本能的に未来に向かって生きていたものが・・・
苦しみが減少してくると、過去を振り返り悔いることをしてしまう。
違う!
そうじゃないんだ!
そんな過去があるから「今」があるんだ!
7年間という軌跡は、人生の空白の時間でも無駄な時間でも、まして人生を歪めてしまったものではなく・・。
「意味のあるものだった。」
どんな意味・・・?
意味がどうのではなくって、愛する家族の病気からの回復を得られたじゃないか!
そして、その軌跡の中から形とはならぬいろんな事を学んできたんだろう?
しかしながら・・・
長すぎた・・・。
苦笑・・・。
人間って嫌な生き物ですよね・・・。
それとも、「それが人間」っていう言い方が適切であるんだろうかしら?
僕は最近感じます。
人間って、苦悶の中での強さよりも平静の中での強さが如何程であるかが大切なんだろうなって・・・。
どうやら僕達は新たなステージへと達したようであります。
妻の、うつ病発症から家族ぐるみの苦悶時代が一過し、過去から学んだ形無きものを形として未来への糧とするための再生力を創りあげてゆく時代が始まりつつあるようです。
患者である妻も、支える僕も・・・
過去を振り返ることが可能になった今、
過去を決して否定しない。
そこに、次へのステップの原点を感じるのであります。
うつ病の妻に僕のしてあげれること posted by うつ病の妻を支える平凡な夫
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